
旅の最後は、遊覧船での紀の松島巡りでした。目的は、紀の松島ではなく、
太平洋を見る!
です。
母方のルーツかも知れない那智の大滝を見ることが表のテーマなら、この太平洋を見るというのは裏のテーマ。わたしにとっての旅の大目的。わたしが本当に見たかったのは太平洋です。
海を思う存分見ること。
いろんな形の島もよかったですが、やはり、キラキラ光る青い海。これが最高でした。
遊覧船は予想以上に揺れましたが、酔い止めの薬を飲んでいたので酔うこともなく、窓を開け、デジカメで写真を撮りまくりました。旅行中115枚の写真を撮りましたが、半数が海の写真です。最後には電池がなくなってとうとう見るだけになってしまいました。












記憶を頼りに多少色調補正しましたので、そのままの色ではありませんが。
とにかく海がきれい。陽の光にキラキラ輝く海は、まるで幻想世界に引き込まれてしまいそうな神秘的な気持ちになります。未知の世界への冒険の旅を想像してしまいます。太平洋を見ていると、この向こうにハワイが、北アメリカが……と想像するとワクワクしました。もしかしたら、この太平洋には大昔、レムリア大陸があったのかな〜という想像もしてしまいました。海を見ているだけで癒され、パワーが湧いてきそうな気がしました。
養殖も盛んなようで、アコヤガイの養殖もしているということでした。
とちゅう、くじら公園にも船は止まりました。くじら博物館とかにも興味はありましたが、時間もあまりないし、母の体力も考えると、今回はパスかなあ、と、そのまま勝浦港に。
船から下りて、勝浦駅まで歩いていき、駅の近くの静かな喫茶店で昼食。そこでもカードをしてみると、今度は「天照大神」が出てきてびっくりしました。この二日間、お天気に恵まれたのは、一重に、天照大神のおかげであろうと、感謝の気持ちが湧いてきました。
また駅の近くの土産物屋を見て回り、梅ワインを買いました。そして駅へ。帰りのオーシャンアロー号は、どこかで人身事故があったようで、30分遅れで駅に入ってきました。いよいよ那智勝浦とお別れです。
名残惜しみながらオーシャンアロー号に乗ると、また海側の席。海岸線を走る電車の中から、思う存分、海の景色を楽しみました。特に陽の光が海の上に眩い光の道を作り、それが水平線から浜辺まで一直線に伸びているのを見たときは、感動でした。海の上を本当に歩いて渡れそうな気がしました。デジカメの電池が切れていて撮影ができなかったのが残念。
この次は遊覧船でなく、太平洋の見える砂浜を歩いてみたいなと思いました。
オーシャンアロー号は35分遅れで天王寺に着き、旅行は終わり。そこからまた電車に乗り、バスに乗って家に。帰り着いたのは19:00ぐらいでした。
特に事故もなくハプニングもなく、無事に帰ってこれたことが嬉しかったです。
那智の大滝の前でへたってしまったせいか、初日の夜にはなんだか自信をなくしたようにげんなりしていた母が、二日目の帰る頃にはすっかり元気になって、また旅行したい、また一泊二日の温泉旅行がいいとか、この次は岡山に行きたいと言うようになって、ほっと一安心しました。
ホテルといえばベッドのある洋風の……とは限らないようで、和室の広い部屋で気持ちがよかったです。10畳の和室に、洋風ストイレ付き。全室海が見える。展望台温泉、露天風呂。床の間に飾られた壷、掛け軸。ゆったりした感じのいいホテルです。


浴衣に着替えて、夕食、そして温泉。シーズンオフなのか、泊まり客は少なく、温泉はほとんど貸し切り状態。ふたりでたっぷりと贅沢な時間を過ごしました。ホテル時間を満喫したくて、寝るのがもったいないぐらいでした。
夕食時に冷蔵庫のお酒をちょっと出して飲んでみました。ところが、飲み慣れていないお酒はなんだかヘンな味で、失敗。テレビはありましたが、有料なので我慢。音楽もなく、パソコンもない。いつもち違う時間の流れ。家にいるとわりとおしゃべりな母なのに、ホテルというだけで緊張しているのか、口数が少なく、沈黙が続いたりして、どうしようかと思いました。
ところが、翌朝になると母はすっかり元気になって、元のおしゃべりに戻っていました。

ホテルの人が、朝日が見えるとしきりに言うので、朝日を待って見たら、ギリギリ角に見えました。それからまた、母と二人で温泉。広々とした温泉をふたりで楽しみました。
部屋に戻って「日本の神様」カードを使うと、「いざなみのみこと」が出てきてびっくりしました。「いざなみのみこと」は熊野那智大社の主神です。いざなみのみことの歓迎を受けたような気がして、嬉しくなりました。
朝食後、喫茶でコーヒーを飲んで、それからホテル内の土産物屋で土産物買い。日頃はケチケチ生活なのに、このときばかりは財布の紐がゆるみます。あまりに多いので、けっきょく、宅配で送ってもらうことにしました。それからフロントに行き、気の松島巡り遊覧船の乗り場までタクシーで送ってもらうことに。
帰り支度をしてフロントでチェックアウトすると、少し早かったので、ひとつ前の遊覧船に乗ることにし、タクシーをお願いしたら、なんと、専用のタクシーというか、ホテルの人の車で桟橋まで連れていってくれました。母の乗り降りまでサポートしてくれて、そのサービスに感動。船が出るまでに10分ぐらいでした。桟橋から勝浦駅までの道案内をしてもらい、地図もいただけて、いたれりつくせり。お礼を言ってチケットを買う段階になり、タクシー代を払ってないことに気がつきましたがすでに帰ったあとでした。これもサービスかな、と思いつつ、感謝感謝。
チケットを買って、よたよたしている母の手を引いて、船に乗り込みました。


浴衣に着替えて、夕食、そして温泉。シーズンオフなのか、泊まり客は少なく、温泉はほとんど貸し切り状態。ふたりでたっぷりと贅沢な時間を過ごしました。ホテル時間を満喫したくて、寝るのがもったいないぐらいでした。
夕食時に冷蔵庫のお酒をちょっと出して飲んでみました。ところが、飲み慣れていないお酒はなんだかヘンな味で、失敗。テレビはありましたが、有料なので我慢。音楽もなく、パソコンもない。いつもち違う時間の流れ。家にいるとわりとおしゃべりな母なのに、ホテルというだけで緊張しているのか、口数が少なく、沈黙が続いたりして、どうしようかと思いました。
ところが、翌朝になると母はすっかり元気になって、元のおしゃべりに戻っていました。

ホテルの人が、朝日が見えるとしきりに言うので、朝日を待って見たら、ギリギリ角に見えました。それからまた、母と二人で温泉。広々とした温泉をふたりで楽しみました。
部屋に戻って「日本の神様」カードを使うと、「いざなみのみこと」が出てきてびっくりしました。「いざなみのみこと」は熊野那智大社の主神です。いざなみのみことの歓迎を受けたような気がして、嬉しくなりました。
朝食後、喫茶でコーヒーを飲んで、それからホテル内の土産物屋で土産物買い。日頃はケチケチ生活なのに、このときばかりは財布の紐がゆるみます。あまりに多いので、けっきょく、宅配で送ってもらうことにしました。それからフロントに行き、気の松島巡り遊覧船の乗り場までタクシーで送ってもらうことに。
帰り支度をしてフロントでチェックアウトすると、少し早かったので、ひとつ前の遊覧船に乗ることにし、タクシーをお願いしたら、なんと、専用のタクシーというか、ホテルの人の車で桟橋まで連れていってくれました。母の乗り降りまでサポートしてくれて、そのサービスに感動。船が出るまでに10分ぐらいでした。桟橋から勝浦駅までの道案内をしてもらい、地図もいただけて、いたれりつくせり。お礼を言ってチケットを買う段階になり、タクシー代を払ってないことに気がつきましたがすでに帰ったあとでした。これもサービスかな、と思いつつ、感謝感謝。
チケットを買って、よたよたしている母の手を引いて、船に乗り込みました。
さて、300円を払って大滝の前まで進むのですが、そのときに「那智御滝水」という場所があります。300円払うときに、とっくりみたいな容器を500円で買い、それにこのお水を入れてお持ち帰りできるようです。水だけならペットボトルにでも入れて持って帰れるのだけど、生憎と空のペットボトルがなく、どうしようかと思いましたが、看板に長寿の霊水と書いてあったりすると、やっぱり持って帰りたくなります。

というのも、300円を払ってさらに滝に近づく道は、急な石段なので、母は下で待機。わたしだけ中に入って先に進んだからです。けっきょく、引き返して500円のとっくりを買い、そこにこの滝水を入れて持ち帰ることにしました。
ちなみに、100円払えば、杯を使って飲み放題。杯はお持ち帰りできます。というわけで、好奇心の強いわたしは、100円で杯を使い、滝水を飲んでみました。喉が渇いていたせいかもしれませんが、とても美味しかったです。柔らかくて飲みやすい水。4〜5杯ぐらい飲んでしまいました。
で、とっくりにここの滝水を入れて、母の所に戻り、神社に来たついでにおみくじ、ということで、ふたりで引いてみましたところ、わたしは小吉、母は中吉でした。わたしのおみくじには四つ葉のクローバーが入っていて、「誠実、慈愛、幸運」とか書いてありました。これは「慈愛に満ちて誠実に生きれば、幸運に授かれる」という大滝さまのお言葉であろう、と、勝手に解釈しました。もっとも、ここまでこれただけでも幸運といえば幸運といえると思います。

これがとっくりです。高さ15cmぐらいです。
さて、名残惜しみながら那智の大滝をあとにし、よたよたしている母の腕をつかんで支えながら、元来た石段を上がり、バス停のところまで戻りました。バスが来るまで、近くのおみやげ物屋に入って、いろいろ見ていると、難を転じて福となす、だったかな? その南天で作ったお箸があって、それを買いました。長寿箸とどっちにしようかな〜と悩んで、やっぱり南天箸かなあ? と。あと、あちこちの看板に「那智黒」とあって、那智の名物は那智黒のようで、これも買いました。あとで聞いたところ、那智黒というのは、黒い石のことで、その石で作った硯や碁石が有名らしいです。とにかく、黒い石でできた工芸品がたくさん売ってありました。そして那智黒のど飴に、錬り飴。
あと、あちこちで見たのが、八咫烏の絵です。那智のマスコットキャラみたいに、土産物屋に八咫烏のキャラクターグッズがありました。

こんな感じで。
さて、バスが来たので、それに乗って、今度は那智駅前でおりました。そこに、勝浦駅でガイドをしたがっていたタクシーが待ちかまえていたように止まっていました。そのタクシーのドライバーに補陀落山寺の場所を教えてもらい、渡海船を見に行きました。これも世界遺産らしいのですが、見に来る人は少ないらしいです。おもしろいことに、お寺でありながら、鳥居が立っていて、手宮水まであり、神社なのかお寺なのかわからない感じでした。

お寺の中から読経の声が響いていました。4時半には閉められるとうことで、4時に那智駅前に着いていたわたしたちは、ギリギリ間に合いました。
那智駅前に戻ってトイレ休憩し、電車で勝浦に戻ろうかと思ったりしていたところ、歩き回ってくたびれた様子の母を見て、けっきょく、タクシーでそのまま勝浦観光ホテルに向かうことにしました。というわけで、勝浦駅から見張っていたような、待ちかまえていたような、そのタクシーに乗って勝浦観光ホテルまで行きました。ガイド料金を払わず、ただの足代わりにしたせいか、ドライバーさんはやや不機嫌な様子でした。しかし、ガイド料込みタクシー料金が9000円近くもしては、明らかに予算オーバー。バスの往復にプラスタクシー代でふたりで2000円ほどで済んだのだし、むしろ、うるさいガイドがなく、存分に楽しめたのだし。
那智駅から勝浦観光ホテルまではタクシーで5分ぐらいで、早かったです。

というのも、300円を払ってさらに滝に近づく道は、急な石段なので、母は下で待機。わたしだけ中に入って先に進んだからです。けっきょく、引き返して500円のとっくりを買い、そこにこの滝水を入れて持ち帰ることにしました。
ちなみに、100円払えば、杯を使って飲み放題。杯はお持ち帰りできます。というわけで、好奇心の強いわたしは、100円で杯を使い、滝水を飲んでみました。喉が渇いていたせいかもしれませんが、とても美味しかったです。柔らかくて飲みやすい水。4〜5杯ぐらい飲んでしまいました。
で、とっくりにここの滝水を入れて、母の所に戻り、神社に来たついでにおみくじ、ということで、ふたりで引いてみましたところ、わたしは小吉、母は中吉でした。わたしのおみくじには四つ葉のクローバーが入っていて、「誠実、慈愛、幸運」とか書いてありました。これは「慈愛に満ちて誠実に生きれば、幸運に授かれる」という大滝さまのお言葉であろう、と、勝手に解釈しました。もっとも、ここまでこれただけでも幸運といえば幸運といえると思います。

これがとっくりです。高さ15cmぐらいです。
さて、名残惜しみながら那智の大滝をあとにし、よたよたしている母の腕をつかんで支えながら、元来た石段を上がり、バス停のところまで戻りました。バスが来るまで、近くのおみやげ物屋に入って、いろいろ見ていると、難を転じて福となす、だったかな? その南天で作ったお箸があって、それを買いました。長寿箸とどっちにしようかな〜と悩んで、やっぱり南天箸かなあ? と。あと、あちこちの看板に「那智黒」とあって、那智の名物は那智黒のようで、これも買いました。あとで聞いたところ、那智黒というのは、黒い石のことで、その石で作った硯や碁石が有名らしいです。とにかく、黒い石でできた工芸品がたくさん売ってありました。そして那智黒のど飴に、錬り飴。
あと、あちこちで見たのが、八咫烏の絵です。那智のマスコットキャラみたいに、土産物屋に八咫烏のキャラクターグッズがありました。

こんな感じで。
さて、バスが来たので、それに乗って、今度は那智駅前でおりました。そこに、勝浦駅でガイドをしたがっていたタクシーが待ちかまえていたように止まっていました。そのタクシーのドライバーに補陀落山寺の場所を教えてもらい、渡海船を見に行きました。これも世界遺産らしいのですが、見に来る人は少ないらしいです。おもしろいことに、お寺でありながら、鳥居が立っていて、手宮水まであり、神社なのかお寺なのかわからない感じでした。

お寺の中から読経の声が響いていました。4時半には閉められるとうことで、4時に那智駅前に着いていたわたしたちは、ギリギリ間に合いました。
那智駅前に戻ってトイレ休憩し、電車で勝浦に戻ろうかと思ったりしていたところ、歩き回ってくたびれた様子の母を見て、けっきょく、タクシーでそのまま勝浦観光ホテルに向かうことにしました。というわけで、勝浦駅から見張っていたような、待ちかまえていたような、そのタクシーに乗って勝浦観光ホテルまで行きました。ガイド料金を払わず、ただの足代わりにしたせいか、ドライバーさんはやや不機嫌な様子でした。しかし、ガイド料込みタクシー料金が9000円近くもしては、明らかに予算オーバー。バスの往復にプラスタクシー代でふたりで2000円ほどで済んだのだし、むしろ、うるさいガイドがなく、存分に楽しめたのだし。
那智駅から勝浦観光ホテルまではタクシーで5分ぐらいで、早かったです。
さて、熊野古道を過ぎたら熊野那智大社、青岸渡寺まですぐだろう、と思っていたら、とんでもありませんでした。熊野古道の石段でかなり足がばてているところ、表参道の道に入ると、今度は真っ白な石段が延々と続いている。
母に「滝前」まで行ってもらってよかったです。この石段を上っていくのはキツイ。そう思って石段を登っていくと、驚いたことに、年配者や高齢者が、杖を突きながらせっせと石段を上がっているではありませんか! ショックでした。日頃運動不足のわたしは、石段の途中で息が切れて、立ち止まってしまい、都会人のひ弱さを露呈してしまっていました。恥ずかしい。
しかしがんばって熊野那智大社まで石段を上がっていき、参拝することができました。そしてその隣の青岸渡寺も。

神社とお寺が並んでいて、それぞれに独特の雰囲気なのがよかったです。そして神社とお寺が仲良く並んでいるというのは、やはり神仏習合の国ならではだなあという気がしました。こういうところ、日本のよいところかもなあ、と。他のこもごもも、対立したり排除したりせず、このように受け入れて、溶け合って、仲良くしていけば、日本はもっと豊かになるだろうなあ、と、少し思ったりもしました。

青岸渡寺から見た、那智大滝の遠景です。赤い三重の塔のてっぺんと同じ高さです。ここからまた歩いて大滝の所まで降りていくのです。

舗装された車道の道を少し降りていくと、このような石がある場所に出ました。

伏し拝み、とかいう看板があって、ここで伏拝んだのかなあ、と思いました。なんとなく、滝の方角を示す方位の石のようにも見えました。
少し先を見ると、いきなりまた石段の下り坂がありました。ここがまた急勾配できついのなんの。2〜30センチはある石段を下りていくのです。正直言うと、かなり怖かったです。足を踏み外したら坂を一気に転げ落ちます。石段を転げ落ちます。一段一段、足下を確かめながら下りました。つくづく、一人で良かったと思います。これが誰かといっしょだったりすると、その人のペースに併せようとしたりして、足下を見てなかったり。あるいは母のような同伴者がいると、支えたり、降りるのを手伝ったりといったことをしていると、バランスを崩しそうになったかもしれません。
ところが、です。前方50メートルほど先に、腰の曲がったかなりお年を召された方が、両の手にそれぞれ杖を持ち、急勾配の石段を下りていくのが見えまして、ガツンときました。見ているこちらがハラハラしている中、たったひとりで、二本の杖を手に、石段を下りていくのです。驚くと同時に、この地方のお年寄りはすごい、と思いました。
わたしがおっかなびっくり足下を確かめながら石段を下り、ちょうど下に着くころに、そのお年寄りも下にたどり着いていました。
これはちょっとした感動の光景でした。こんなお年寄りでもひとりであの急な石段を下りていく。神様を信じ切っているか、神様がついているに違いない。そう思わずにはいられませんでした。
石段を下りてしまうと、舗装された道で、「滝前」のバス停があり、ほっとしました。やっと母との待ち合わせ場所まで来たのです。とっくに滝の方まで下りているかなあと思っていたら、鳥居の前に母がいました。聞くと、怖くて腰が抜けて歩けないとか。けれどわたしの顔を見てほっとしたのか、「もうちょっとで滝やん。見に行くやろ」と言うと、「行く」と言って、立ち上がりました。そして、よたよたしている母の腕をつかんで支えながら、鳥居の石だんをいっしょに下りました。鳥居をくぐったところにまた、「世界遺産」の石碑が建っていました。そして、ついに那智の大滝を拝むことができたのです。
かなりの人でした。外国人観光客も多かったです。しかし、柵のある手前には、看板が多くて、人が多くてなかなか見られません。そこで、拝観料300円を払って、さらに近くまで行きました。
よかったです。300円を払った価値はありました。手前からとは全く違う。那智の滝の全貌が見られたのです。


やっとのことで全貌をカメラに納めることができました。しかしここからでも、滝壺を見ることはできませんでした。そこはやはり、神聖な場所であり、見せてはならないのかもしれないです。しかし、ここまで見られたら本望です。思わず手を合わせて拝みました。

日本は昔から自然崇拝の思想があったようですが、この滝を見れば無条件で拝みたくなります。自然には神が宿る。いえ、自然そのものが神である。そんな気持ちにさせられます。
ここまで来てよかったです。今日は二度目かな。
神様、那智の大滝を見せて下さってありがとうございます。感謝します。
この美しい滝は、後世に遺すべき大切な世界遺産だと実感しました。
母に「滝前」まで行ってもらってよかったです。この石段を上っていくのはキツイ。そう思って石段を登っていくと、驚いたことに、年配者や高齢者が、杖を突きながらせっせと石段を上がっているではありませんか! ショックでした。日頃運動不足のわたしは、石段の途中で息が切れて、立ち止まってしまい、都会人のひ弱さを露呈してしまっていました。恥ずかしい。
しかしがんばって熊野那智大社まで石段を上がっていき、参拝することができました。そしてその隣の青岸渡寺も。

神社とお寺が並んでいて、それぞれに独特の雰囲気なのがよかったです。そして神社とお寺が仲良く並んでいるというのは、やはり神仏習合の国ならではだなあという気がしました。こういうところ、日本のよいところかもなあ、と。他のこもごもも、対立したり排除したりせず、このように受け入れて、溶け合って、仲良くしていけば、日本はもっと豊かになるだろうなあ、と、少し思ったりもしました。

青岸渡寺から見た、那智大滝の遠景です。赤い三重の塔のてっぺんと同じ高さです。ここからまた歩いて大滝の所まで降りていくのです。

舗装された車道の道を少し降りていくと、このような石がある場所に出ました。

伏し拝み、とかいう看板があって、ここで伏拝んだのかなあ、と思いました。なんとなく、滝の方角を示す方位の石のようにも見えました。
少し先を見ると、いきなりまた石段の下り坂がありました。ここがまた急勾配できついのなんの。2〜30センチはある石段を下りていくのです。正直言うと、かなり怖かったです。足を踏み外したら坂を一気に転げ落ちます。石段を転げ落ちます。一段一段、足下を確かめながら下りました。つくづく、一人で良かったと思います。これが誰かといっしょだったりすると、その人のペースに併せようとしたりして、足下を見てなかったり。あるいは母のような同伴者がいると、支えたり、降りるのを手伝ったりといったことをしていると、バランスを崩しそうになったかもしれません。
ところが、です。前方50メートルほど先に、腰の曲がったかなりお年を召された方が、両の手にそれぞれ杖を持ち、急勾配の石段を下りていくのが見えまして、ガツンときました。見ているこちらがハラハラしている中、たったひとりで、二本の杖を手に、石段を下りていくのです。驚くと同時に、この地方のお年寄りはすごい、と思いました。
わたしがおっかなびっくり足下を確かめながら石段を下り、ちょうど下に着くころに、そのお年寄りも下にたどり着いていました。
これはちょっとした感動の光景でした。こんなお年寄りでもひとりであの急な石段を下りていく。神様を信じ切っているか、神様がついているに違いない。そう思わずにはいられませんでした。
石段を下りてしまうと、舗装された道で、「滝前」のバス停があり、ほっとしました。やっと母との待ち合わせ場所まで来たのです。とっくに滝の方まで下りているかなあと思っていたら、鳥居の前に母がいました。聞くと、怖くて腰が抜けて歩けないとか。けれどわたしの顔を見てほっとしたのか、「もうちょっとで滝やん。見に行くやろ」と言うと、「行く」と言って、立ち上がりました。そして、よたよたしている母の腕をつかんで支えながら、鳥居の石だんをいっしょに下りました。鳥居をくぐったところにまた、「世界遺産」の石碑が建っていました。そして、ついに那智の大滝を拝むことができたのです。
かなりの人でした。外国人観光客も多かったです。しかし、柵のある手前には、看板が多くて、人が多くてなかなか見られません。そこで、拝観料300円を払って、さらに近くまで行きました。
よかったです。300円を払った価値はありました。手前からとは全く違う。那智の滝の全貌が見られたのです。


やっとのことで全貌をカメラに納めることができました。しかしここからでも、滝壺を見ることはできませんでした。そこはやはり、神聖な場所であり、見せてはならないのかもしれないです。しかし、ここまで見られたら本望です。思わず手を合わせて拝みました。

日本は昔から自然崇拝の思想があったようですが、この滝を見れば無条件で拝みたくなります。自然には神が宿る。いえ、自然そのものが神である。そんな気持ちにさせられます。
ここまで来てよかったです。今日は二度目かな。
神様、那智の大滝を見せて下さってありがとうございます。感謝します。
この美しい滝は、後世に遺すべき大切な世界遺産だと実感しました。

熊野古道の入り口には、大きな杉の木が二本立っていて、出迎えてくれました。夫婦杉といって、樹齢800年の巨木です。この杉の木の向こうはいよいよ熊野古道です。

熊野古道はこんな石畳の階段が延々と続く道でした。大昔の人もここを通ったのだと思うと、なんだか感慨深かったです。山の空気はきれいで、酸素がいっぱい。坂道はしんどかったけど、その分深く呼吸ができて、気持ち良かったです。歩き慣れない石の道も、都会のアスファルトの道ばかり歩いているわたしにはとても新鮮でした。

先人たちが踏みしめた石畳です。そして毎年大勢の観光客を迎えている石畳。この道を通って那智の大滝まで行ったんだなあと思うと、感動です。

杉並木の中に竹藪もあります。日本の風景です。前を見るとうっそうとしていて、上を見ると青空が覗いています。昼間だからいいけれど、外灯ひとつないここは、夜には真っ暗になるなあ、と思いました。

ひたすらこのような石畳の道を歩いていきます。脇の方にはスズメバチの巣があったりして危険なので、この石畳の道からそれないようにという看板がありました。この神聖な石の道から外れようとすると、天罰が下るのかもしれないなあ、と想像したりしました。この道は神様に守られた道なのだろう。この道を歩くこと自体、神様に守られているのだなあ。なんとなくそんな敬虔な気持ちにさせる道です。

日頃の運動不足のせいか、かなり息切れしながら上りました。30分の道のりがあっという間に感じられました。ちょっと名残惜しみつつ、振り返って、熊野古道をもう一度見ました。
この道を歩けただけでも感謝です。いい経験をさせていただきました。神様ありがとう。
もう10年ぐらいか、それ以上、泊まりがけの家族旅行をしたことがない。そのような経済的ゆとりなど、想像したこともありませんでした。海外旅行といった壮大な夢は描くのだけど、国内での旅行さえもしたことがない。毎年、今年こそはと思いながら、そのたびに臨時出費が重なり、旅行のためのお金も捻出できずにいました。
しかし、今年こそ! と、一念発起。今ではたったひとりの家族である母との二人旅行を企画しました。白浜がいいね〜、と、母と二人で話していたところ、たまたま地方新聞の記事に那智勝浦のホテルの案内があり、「ここにしよう」と直感。あとになって、熊野古道、那智の大滝などが世界遺産に指定されていたことを知って、世界遺産ファンのわたしは「ぜったいにここだ!」と思いました。で、母も「そういえば、実家のルーツが、たしか那智の大滝の近くだと聞いたことがあるのを思い出した」と言い出す。母の旧姓は瀧本。ご先祖様が滝の近くに住んでいたところからきた姓らしい。
ということは、わたしの母方の先祖のルーツは、日本一の高さを誇る那智の大滝の近く?
ということは、今回の旅行は、ご先祖様に会いに行く旅!?
三つの偶然が重なり、旅行先は「那智勝浦」に決定しました。それからネットで検索したり、旅行会社に行ったり、準備をしたり、日々の節約を心がけて旅行費用を貯めたり、ワクワクしながらその日を待ちました。旅行に行くとなると、母も突然元気になり、健康に気を配り、日頃から足腰の治療に専念したり、歩く練習をしたり、と、好影響を与えていました。
わたしはといえば、旅行のためには仕事をしなければ、と、仕事に対して積極的になり、慣れない仕事もがんばってやるようにし、チャレンジの日々。旅行が刺激になって、日々の暮らしにも張りが出ました。
旅行前日は緊張のあまりワクワクソワソワ。二人きりとはいえ、旅行幹事、ツアコンガイド役としては、とにかく無事に行って帰ることばかりを考えていました。
当日は二人とも早起き。5時には目覚めて、せっせと準備。7時には家を出たのに、コンビニで昼食のおにぎりとジュースを買って駅のホームに行くと、準急が出て行くところでした。あわてて怪我をしてはいけないので、「次の電車にしよう」と待っていると、各停やら区間急行が5〜6本続いて、「どうしよう、間に合うかな?」と焦りましたが、7本目に準急が来て乗り込み。三国ヶ丘駅で阪和線に乗り換え、天王寺に着くと、20分前でした。そして天王寺からオーシャンアロー号に。前々からオーシャンアロー号に乗ってみたかったわたしは、憧れの電車に乗って、プチセレブ気分に浸ることができました。
大阪の都会の風景から、田舎の田園風景に変わり、そして和歌山駅を出たあたりから海が見え始めました。旅行会社のおかげで窓際のシートなのがラッキーでした。紀伊半島海岸沿線を、海を見ながら行くことができました。最初は曇っていた空もだんだんと晴れていき、銀灰色だった海も、空の青さを移すようにだんだんと青くなっていきました。日の光にキラキラ輝く海を見ていると、がんばって旅行を計画してよかったと思いました。そして、紀伊勝浦駅に着く頃には、空はすっかり晴れていたのです。 これはもう、わたしたちの十数年ぶりの旅行を祝福してくれているようで、日本の天照大神に大感謝です。
駅前で観光タクシーのドライバーに声をかけられましたが、ガイド料金が高いので、けっきょく、路線バスを使うことにしました。往復乗車券を買い、10分ほどでバスが来て、乗り込み。足腰がよたよたしている母は「滝前」まで先に行ってもらうことにして、わたしは「大門坂」で降りて、憧れの熊野古道を歩いて行くことにしました。
そして、大門坂の入り口で、世界遺産の石碑を見て感動。世界遺産を見るのは生まれて初めて。しかもその道を歩く。

那智山と青空を背景に立つ石碑。
ここまで来たのだ、という感動に浸りながら、坂道を上りました。
というわけで、熊野古道に続きます。
しかし、今年こそ! と、一念発起。今ではたったひとりの家族である母との二人旅行を企画しました。白浜がいいね〜、と、母と二人で話していたところ、たまたま地方新聞の記事に那智勝浦のホテルの案内があり、「ここにしよう」と直感。あとになって、熊野古道、那智の大滝などが世界遺産に指定されていたことを知って、世界遺産ファンのわたしは「ぜったいにここだ!」と思いました。で、母も「そういえば、実家のルーツが、たしか那智の大滝の近くだと聞いたことがあるのを思い出した」と言い出す。母の旧姓は瀧本。ご先祖様が滝の近くに住んでいたところからきた姓らしい。
ということは、わたしの母方の先祖のルーツは、日本一の高さを誇る那智の大滝の近く?
ということは、今回の旅行は、ご先祖様に会いに行く旅!?
三つの偶然が重なり、旅行先は「那智勝浦」に決定しました。それからネットで検索したり、旅行会社に行ったり、準備をしたり、日々の節約を心がけて旅行費用を貯めたり、ワクワクしながらその日を待ちました。旅行に行くとなると、母も突然元気になり、健康に気を配り、日頃から足腰の治療に専念したり、歩く練習をしたり、と、好影響を与えていました。
わたしはといえば、旅行のためには仕事をしなければ、と、仕事に対して積極的になり、慣れない仕事もがんばってやるようにし、チャレンジの日々。旅行が刺激になって、日々の暮らしにも張りが出ました。
旅行前日は緊張のあまりワクワクソワソワ。二人きりとはいえ、旅行幹事、ツアコンガイド役としては、とにかく無事に行って帰ることばかりを考えていました。
当日は二人とも早起き。5時には目覚めて、せっせと準備。7時には家を出たのに、コンビニで昼食のおにぎりとジュースを買って駅のホームに行くと、準急が出て行くところでした。あわてて怪我をしてはいけないので、「次の電車にしよう」と待っていると、各停やら区間急行が5〜6本続いて、「どうしよう、間に合うかな?」と焦りましたが、7本目に準急が来て乗り込み。三国ヶ丘駅で阪和線に乗り換え、天王寺に着くと、20分前でした。そして天王寺からオーシャンアロー号に。前々からオーシャンアロー号に乗ってみたかったわたしは、憧れの電車に乗って、プチセレブ気分に浸ることができました。
大阪の都会の風景から、田舎の田園風景に変わり、そして和歌山駅を出たあたりから海が見え始めました。旅行会社のおかげで窓際のシートなのがラッキーでした。紀伊半島海岸沿線を、海を見ながら行くことができました。最初は曇っていた空もだんだんと晴れていき、銀灰色だった海も、空の青さを移すようにだんだんと青くなっていきました。日の光にキラキラ輝く海を見ていると、がんばって旅行を計画してよかったと思いました。そして、紀伊勝浦駅に着く頃には、空はすっかり晴れていたのです。 これはもう、わたしたちの十数年ぶりの旅行を祝福してくれているようで、日本の天照大神に大感謝です。
駅前で観光タクシーのドライバーに声をかけられましたが、ガイド料金が高いので、けっきょく、路線バスを使うことにしました。往復乗車券を買い、10分ほどでバスが来て、乗り込み。足腰がよたよたしている母は「滝前」まで先に行ってもらうことにして、わたしは「大門坂」で降りて、憧れの熊野古道を歩いて行くことにしました。
そして、大門坂の入り口で、世界遺産の石碑を見て感動。世界遺産を見るのは生まれて初めて。しかもその道を歩く。

那智山と青空を背景に立つ石碑。
ここまで来たのだ、という感動に浸りながら、坂道を上りました。
というわけで、熊野古道に続きます。
夏頃、チャネラー養成コースのテキストを約三日間で仕上げるという超ハードスケジュールの後、続けてわたしは、チャネリング理論に加えて、約1年のカードリーディングの研究成果をまとめまして、カードリーダー養成コースのプレゼン資料を作り、続けてテキストを作りました。
作っているときは、カードリーディングのスキルは、これからサロン経営をする人には必須になるだろう。需要性は高い。しかも、わたしの研究成果では、カードリーディング技術とチャネリング技術はほぼ等しいから、チャネリングとカードリーディングの技術がダブルであれば、さらに質の高いセラピストになれるであろうこと。さらに、タロットみたいに一種類ではなく、ほぼどのようなカードでも使いこなせる基本技術をマスターするものだ、ということで、気合いが入っていました。
しかし、最大のネックは、やれる自信のなさ、でした。理由は、セッション量が圧倒的に少ない。さらに、人に教えた経験が一度もない。
そんなわたしに、所長ののぶさんは、いきなりお金をとって教えろ、と、いわば、背中を蹴飛ばして崖から突き落とさすようなことを、いとも軽々とおっしゃいまして……。
わたしにとってそれは、清水の舞台から飛び降りるような大冒険です。とはいっても、受講金額はチャネラー養成ほどではないですから、せいぜい高飛び込み台から飛び降りるようなものですが。
「あの、せめてモニターで一回やらせて下さい。」と頼みまして、高飛び込み台を、小学校のプールの飛び込み台ぐらいに低くして、飛び込み練習。
モニターになっていただいたのは、スタッフのかおるさんです。自分では学力コンプレックスがあるみたいですが、実際は、非常に論理的で聡明な方です。語る言葉に説得力があります。モニターでカードリーディングを教えているあいだも、鋭い質問が飛んできます。わからないことはわからないとはっきり言います。そのたびに、「あ、そうか、この教え方ではダメだ。もっと具体的に。もっとわかりやすく。視点を変えてみよう。角度を変えてみよう。」と、いろいろと授業に工夫をこらすようになりました。使い慣れないホワイトボードを使った授業もやってみました。
所長ののぶさんにサポートについてもらって、だんだんと教え方に自信がついてきて、言葉も出てくるようになりました。
やってみてわかってきたのは、知識や理論も大事だけど、実際にやってもらうこと。トレーニングをどんどんとやらせてみること。リーディングの感覚を自分でつかんでもらうこと。
カードリーディングを教える以上、カードの研究は続けていかないといけないけど、その一方で、人に教えるスキルもまた必要で、教えながら、自分がまだ消化し切れていなかったとか、よりわかりやすく教えるにはどうしたらいいのか、とか、いろいろと考えさせられました。
教えることは学ぶこと。受講生に学ぶことが多いと言うこと。
あと、受講料を頂くことで、かなり本気になれることがわかりました。無料であればいい加減な部分も出てきたかもしれませんが、苦しい生活をやりくりして、お金を工面して、そのお金を頂いてやることの重みというのでしょうか。カードリーダー養成コースは、2時間約6000円でやらせていただきますが、6000円あれば何日生活できるか。美味しいランチが食べられるかもしれない。好きな洋服の一着も買えるかもしれない。映画を見ることだってできます。そのお金で好きな人とデートできたかもしれない。そのお金を使って受講に来られる方のことを思えば、こちらも本気になります。絶対に、ひとつでもふたつでも、習いに来てよかったと思ってもらえるように全力で教えるようになります。
そういうわけで、モニターをやらせていただいて、所長ののぶさんにもいろいろとダメ出しをされながら、やっとのことで、カードリーダー養成コースを立ち上げることができるようになりました。
すでに何名かのご予約もいただいております。
同時に、チャネラー養成コースへの受講予約も入ってきています。
チャネラー養成コースもカードリーダー養成コースも、臼井式レイキ3rdを卒業された方の方が、より授業内容をご理解いただけるというテキスト内容になっております。
ホームページリニューアルまではまだ少し時間がかかりますが、今の段階でも予約が入ってきています。
すべての講座・セミナーで、講師もアシスタントもスタッフも、全力であり本気だということ。
一回一回の授業に手抜きはありません。常に全力で、本気で授業をすること。
なぜなら、受講生ひとりひとりとは一期一会。もう二度と会えないかもしれないから。
この一回が最初で最後だと思い、密度の高い講座、セミナーをやろうと思いました。
作っているときは、カードリーディングのスキルは、これからサロン経営をする人には必須になるだろう。需要性は高い。しかも、わたしの研究成果では、カードリーディング技術とチャネリング技術はほぼ等しいから、チャネリングとカードリーディングの技術がダブルであれば、さらに質の高いセラピストになれるであろうこと。さらに、タロットみたいに一種類ではなく、ほぼどのようなカードでも使いこなせる基本技術をマスターするものだ、ということで、気合いが入っていました。
しかし、最大のネックは、やれる自信のなさ、でした。理由は、セッション量が圧倒的に少ない。さらに、人に教えた経験が一度もない。
そんなわたしに、所長ののぶさんは、いきなりお金をとって教えろ、と、いわば、背中を蹴飛ばして崖から突き落とさすようなことを、いとも軽々とおっしゃいまして……。
わたしにとってそれは、清水の舞台から飛び降りるような大冒険です。とはいっても、受講金額はチャネラー養成ほどではないですから、せいぜい高飛び込み台から飛び降りるようなものですが。
「あの、せめてモニターで一回やらせて下さい。」と頼みまして、高飛び込み台を、小学校のプールの飛び込み台ぐらいに低くして、飛び込み練習。
モニターになっていただいたのは、スタッフのかおるさんです。自分では学力コンプレックスがあるみたいですが、実際は、非常に論理的で聡明な方です。語る言葉に説得力があります。モニターでカードリーディングを教えているあいだも、鋭い質問が飛んできます。わからないことはわからないとはっきり言います。そのたびに、「あ、そうか、この教え方ではダメだ。もっと具体的に。もっとわかりやすく。視点を変えてみよう。角度を変えてみよう。」と、いろいろと授業に工夫をこらすようになりました。使い慣れないホワイトボードを使った授業もやってみました。
所長ののぶさんにサポートについてもらって、だんだんと教え方に自信がついてきて、言葉も出てくるようになりました。
やってみてわかってきたのは、知識や理論も大事だけど、実際にやってもらうこと。トレーニングをどんどんとやらせてみること。リーディングの感覚を自分でつかんでもらうこと。
カードリーディングを教える以上、カードの研究は続けていかないといけないけど、その一方で、人に教えるスキルもまた必要で、教えながら、自分がまだ消化し切れていなかったとか、よりわかりやすく教えるにはどうしたらいいのか、とか、いろいろと考えさせられました。
教えることは学ぶこと。受講生に学ぶことが多いと言うこと。
あと、受講料を頂くことで、かなり本気になれることがわかりました。無料であればいい加減な部分も出てきたかもしれませんが、苦しい生活をやりくりして、お金を工面して、そのお金を頂いてやることの重みというのでしょうか。カードリーダー養成コースは、2時間約6000円でやらせていただきますが、6000円あれば何日生活できるか。美味しいランチが食べられるかもしれない。好きな洋服の一着も買えるかもしれない。映画を見ることだってできます。そのお金で好きな人とデートできたかもしれない。そのお金を使って受講に来られる方のことを思えば、こちらも本気になります。絶対に、ひとつでもふたつでも、習いに来てよかったと思ってもらえるように全力で教えるようになります。
そういうわけで、モニターをやらせていただいて、所長ののぶさんにもいろいろとダメ出しをされながら、やっとのことで、カードリーダー養成コースを立ち上げることができるようになりました。
すでに何名かのご予約もいただいております。
同時に、チャネラー養成コースへの受講予約も入ってきています。
チャネラー養成コースもカードリーダー養成コースも、臼井式レイキ3rdを卒業された方の方が、より授業内容をご理解いただけるというテキスト内容になっております。
ホームページリニューアルまではまだ少し時間がかかりますが、今の段階でも予約が入ってきています。
すべての講座・セミナーで、講師もアシスタントもスタッフも、全力であり本気だということ。
一回一回の授業に手抜きはありません。常に全力で、本気で授業をすること。
なぜなら、受講生ひとりひとりとは一期一会。もう二度と会えないかもしれないから。
この一回が最初で最後だと思い、密度の高い講座、セミナーをやろうと思いました。
EVAヒーリング研究所ホームページリニューアルに伴い、今までわたしが書いていたブログを一斉削除し、改めて、EVA日記として開始することにしました。
EVAヒーリング研究所の日常、ワークショップの報告、その他。
これまで通り、日常的にいろいろと思ったり、考えたり、感じたりしたことの所感も綴っていこうと思っています。
EVAヒーリング研究所の日常、ワークショップの報告、その他。
これまで通り、日常的にいろいろと思ったり、考えたり、感じたりしたことの所感も綴っていこうと思っています。



